八卦掌と體術のよもやま話

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84-31. 創作 太極拳

八月十一日 山の日 

大台ヶ原に行ってきました。

この動画は 

その時 標高千四百メートル付近で撮影したものです。

少し肌寒くて

太陽の光が恋しくなるくらいの気候でした。

この太極拳のベースになっているのは

台湾の双辺太極拳です。

それをもとに

色々アレンジしてみました。

この太極拳は八卦掌が

その套路の構成に大きく影響しています。

それ以外にも

形意拳の影響も見られます。

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令和六年八月十二日

84-30.悟る?

稽古をしていると 

ある時にパーっと閃くこはとがあります。

これを量質転化をするといいます。

沢山の量の稽古の積み重ねで

内容が質的に変化したものです。

これは物質面だけに起こるものではなくて

精神面ででも起こります。

それの一つがここに書いた

母は母ははは母「悟る」という現象です。

パーっと閃くように

一瞬にして全てがわかるものです。

ここで全てと書きましたが

正確には「ある特定のこと」

その事に関する全てという事です。

そうすると

稽古と言うものは肉體面、

精神面の向上と言うだけではなくて、

悟る事を引き出すため、

とも言えます。

肉體面の変化、

例えば 巻藁の正拳突きで

拳ダコを作ると言うことをしなくとも

拳ダコを作った正拳と同等以上の

突きの威力を出せると言うことで

少しは説明になるでしょうか。

このレベルになると

稽古はあることが意識出来るか

否か

と言う一点に絞られて来ると言うわけです。

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令和六年八月七日

84-29.後爪先の向き

爪先の向きについて説明します。

套路の單鞭や摟膝拗歩の時 

後脚の爪先の向きが

まちまちの場合が多いのですが

この方向を統一してみました。

踵を軸にして回るのを標準とします。

それ以外のやり方もあるのですが 

まずはこのやり方で行います。

慣れたら 後脚の捻りを

掌まで伝えていくようにします。

體重を抜きながらやる方法から始まり 

體重を少し残す、

更には 殆ど残すやり方など

結構難しいものです。

慣れると後脚の捻りが

威力の向上につながる事になります。

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令和六年八月三日

84-28. 型の意義

型とは「實戦の雛形」と捉える事が

大きいですが 

身體運用の方法として捉える事も

出来ます。

そしてそれにより 

より高度な身體運用能力を

身に着ける事が出来ます。

それも道具 この場合は武器ですが 

を扱うことでより高度な身體の運用が

可能になります。

私は

正式に日本の剣術を

学んだことはありませんので

かえって

諸々のことに氣がつけたと思っております。

今は刀の抜刀と納刀を中心に

稽古しております。

知れば知るほど

奥の深さに魅了されます。

抜刀、納刀が自然に

出来ればできるほど

身體の運用能力が高くなってきているのを

感じさせられます。

そして 

それは形意拳や太極拳の

レベルのアップに繋がっています。

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令和六年七月二十四日

84-27. 運

今回は急遽予定を変更して

米国のトランプ元大統領の暗殺未遂事件について

考えてみます。

一言で言うと

トランプ元大統領はとても運が良かったと思います。

演説中 不法移民問題に触れ、不法移民のデータを確認する為 

右側のスピーチプロンプターに目線を移したちょうどその時に

銃の引き金が引かれたみたいです。

これではゴルゴ13でも仕損じるでしょう。

トランプ元大統領の護衛に當っていた

シークレットサービスは人員不足で 

それまで一週間以上も休みなしだったそうです。

その日は交代で 少しレベルの低い人員が護衛を担黨していたそうです。

それで あちこち警備に穴が空いてたみたいです。

それでも助かるのだから素晴らしいですね。

吾が国の安倍元首相は手製の粗雑な銃で暗殺されましたからね。

寿命が尽きてたのでしょう。

一方のトランプ元大統領は

まだこの世でやる事が残っていて助かったのだと思います。

生き残る時は生き残るし、寿命が尽きてたら

何をやってもあかんのでしょうな。

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令和六年七月十九日

84-26.衝撃が逃げる

前回のブログでも紹介しましたが 

通常の街中での格闘の場合の 

一応の目安は

バケツに四リットルの水を入れて

振り回した時の衝撃で間に合いますが、

さて實際は如何でしょう?  

フルコンタクト空手の試合を見てますと、

試し割りでは カワラやレンガ、氷柱などを割る猛者たちが 

試合では それほどの威力の冴えを

見せてくれないのは 何故か? 

これは技の威力が

減衰しているからではないのでしょうか。

その理由の一つが

技の衝撃力が逃げている為だろうと思うのです。

突きや蹴りが當った瞬間 

相手の體が後に動いています。

この時 衝撃が逃げているのですね。

倒れたり 壁に押しつけた相手に 

突きや蹴りを放つと威力が増す事を 経験上知っています。

これは威力が逃げないからなのです。

これを突き技に取り入れます。

下向きに突く様にすると逃げません。

もう一つは突きの衝撃力の計算から判るのですが 

突きの速度を上げる事です。

速度の二乗に比例しますから。

ただ吾々は 此れとは別のやり方を取ります。

質量を上げるのです。

拳ではなく、體重を利用するのです。

腕は腕の筋力で突くのではなく

體の重さを伝達するための導体として利用します。

このためには太極拳の様に

ゆっくり動いた方が突き技を修得しやすいでしょう。

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令和六年七月九日

84-25.拳打の衝撃力

拳打の威力を衝撃力として算出してみました。

適当な文献が無かったので「かのよしのり著.銃の科学」

を参考にさせて頂きました。

狩猟の時 大雑把にいって 

その動物の体重に「キログラムフォース.メートル」をつけた

運動エネルギーが

その動物を倒すのに必要なエネルギーである

という事です。

計算式は

運動エネルギーkgf.m🟰質量kg✖️速度m.sの二乗(重力加速度✖️2)

となります。

私が体当たりした時の運動エネルギーを算出してみます。

体重75kg、秒速5mで計算してみますと

質量(体重)75kg

速度     5mとして

5✖️5✖️5を2✖️9.8で割ります。

1,875➗19.6🟰95.66となります。

つまり体重95kgの動物を倒せるという計算になります。

勿論これは動物の生命力は千差万別ですので

必ずしもこうなるという訳ではありませんので

一応の目安という事です。

もう一つ重要なことがあります。

以下はかのよしのり著「拳銃の科学」からの引用になります。

近代兵器の世界では戦場で

敵兵の戦闘力を奪うのに必要なエネルギーは10kgf.m

と言われているそうです。

これは必ずしも敵兵を殺すというのではなく

「衛生兵に手当してもらわなくてはヤバい」

という事です。

仮に8リットルの水が入ったバケツを振り回すとします。

すると速度は毎秒5m位でしょう。

8✖️5✖️➗(2✖️9.8

200➗19.6🟰10.2 となります。

吾々が街中で使う場合は過剰防衛となるかもしれませんね。

その半分の4リットルの場合はどうでしょう。

✖️5✖️5➗(2✖️9.8)🟰5.

これくらいならギリギリセーフかな。

一応の目安としてください。

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  令和六年七月三日

  

84-24. 刀を抜く時の身體と内功との連関

具體的に刀、特に長い場合は右腕だけでは抜けません。

左を引いて 背中を広げる様にします。

これは内功を使うときの含胸抜背に似ています。

この背中を

拡げる という動作ですが、

形が何とも難しくて 何年修行してても出来ないのです。

否 正確には ほとんどの人が不完全なまま なのです。

これだけでも刀を振るう甲斐があろうと思います。

更にはこの含胸抜背というか 

含胸広背という形は半身の形になっています。

また實際に刀を振る手も 

沈肩墜肘と云う肩、肘が墜ちた

理想的な手肘の形になっています。

というわけで 站樁功を練る時の基本の形が

労せずして出来るわけです。

何事でもそうなのですが

基本の形がしっかりと出来てたら

もうそれは完成間近といってもいいでしょう。

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令和六年六月二十七日

84-23.實際に居合刀を使う

その前に何故 刀(道具)を使うと

経験の伝承が起きやすいのかについて考察していきます。

爪や牙を使ってた時には自分単體での闘いだったものが、

道具を使うということはもっと上のレベルの闘い、

もっと大きな獲物だとか、力のある獲物だとかを

標的にする様になったということです。

これは端的には知能の発達を意味しているということです。

また集団での狩りとかをやる様になってきて

意思の疎通を図る様になってきたわけです。

その段階になって他人の経験を集団で共有する事が

できる様になったわけです。

そうなると経験の蓄積が図られ、

方法の進歩もできる様になったわけです。

道具の使い方も単純なやり方から 

複雑で巧妙な扱い方を模索し 

効果、威力の向上が図られる様になりました。

すると単に殴るだけでも 

より効果の高いやり方をする様になったという事です。

これは武器を使わない格闘でも同様であろうと思うのです。

素手の自然発生的な格闘より 

効率の良い格闘(術)になっていくわけです。

これが素手の格闘術は武器術の後から発達した理由であります。

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令和六年六月二十一日

84-2. 何故 刀なのか

説明します。

素手の武術は

刀、剣、槍の武術の後から発達しているからです。

ヒト、人類の格闘は 確かに牙や爪で噛んだり 

引っ掻いたりから出発しているのですが、

ヒトが道具を使い、先を尖らせ、

あるいは鋭くして使うことを覚えてから 

アタマの働きが急速に良くなって行きます。

つまりここが人類文明の原点とも言えます。

爪や牙を使っている時と、道具を 

この場合は刃物ですが

使う段階の大きな差は 

自分の経験を後の世代に伝えているか否か

という点にあります。

つまり技術の蓄積があるのか否ということです。

それからもう一度 素手の戦いに戻ったのです。 

道具この場合は武器術ですが、

武器を使うときの身體の運用法を

素手の闘いに使ってみると

思いのほか上手く行ったというのが

素手の格闘術の始まりなのでしょう。

何故なら道具というものは使いこなす事で

その働きが 仕事が 

格段にレベルアップする事がわかるからです。

足の運び、力の入れ具合で差が出るのなら 

それを素手の格闘に使わぬという法はありません。

ただ単にガムシャラに體を動かしての格闘より 

経験値に裏付けられた闘いの方が勝てるとなれば

それを選ぶでしょうから。

吾々日本人は 日本刀を使っての闘い方から学ぶ方が

より深く学べようというものです。

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令和六年六月十三日

    

  

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